「大学で一番好きな場所は図書館です。授業の合間に、ここで本を探したり、課題をしたりしています」
6月初旬、緑豊かな大学のキャンパスを案内してくれたのは、国際学部3年のマストゥーラ*さん。コロナ禍で大学生活をスタートさせた彼女は「今年から対面授業が増えてきて、やっとクラスメイトとも直接会えるようになりました」と笑顔を見せます。
両親はアフガニスタン出身の難民、マストゥーラさん自身は日本生まれです。
初めて自分のバックグラウンドを意識し始めたのは小学生の時、アフガニスタンに行ったことがきっかけでした。「その時初めて、私は日本人ではなく、日本で生まれたアフガニスタン人なんだという意識が生まれました」。アフガニスタンでもアフガニスタン人として受け入れられない、日本でも外国人として扱われる―。自身のアイデンティティとの葛藤が始まりました。
それから、日本の学校になじむことができず、悩みを相談できる友達もなかなかできなかったというマストゥーラさん。そんな時に助けとなったのが、社会福祉法人さぽうと21の学習支援でした。ボランティアの方々のサポートのもと、自分と似た境遇の子どもたちと一緒に学びながら、少しずつ自信を取り戻していったのです。
UNHCRが実施している「難民高等教育プログラム(RHEP)」について知ったのもこのころ、さぽうと21のスタッフからでした。「難民でも日本の大学に行けるんだ」。それが前を向くきっかけのひとつとなりました。
中学・高校生活を通して、自分が得意なこと、英語と出会い、一生懸命勉強していくうちに、周りの世界も開けていきました。学校でのコミュニケーションも増え、マストゥーラさんのバックグラウンドについて興味を持って聞いてくれる友達もできました。
そして、高校卒業後の進路を決める時に思い出したのがRHEP。「外国語をもっと習得して、それ以外の分野からも世界のことをもっと勉強したい」。その想いが大学進学の夢へとつながりました。両親が日本語があまり得意でないため、応募書類の作成、必要な証明書の準備などすべて自分でやらなければならなかったのが「少し心細くて大変でした」と振り返ります。
高校の担任の先生に自分に難民のバックグラウンドがあると伝えたのも、RHEPを受験したいと相談した時が初めてでした。「最初は少し驚いていましたが、私の希望を理解してくれて、いろいろな面からサポートしてくれました」。
そうして勝ち取った合格通知。マストゥーラさんの努力をそばで見守り、応援してくれた両親の期待にも応えることができ、本当にうれしかったといいます。同時に「大学のレベルが高くて、課題とかきちんとついていけるか、不安も大きかったです」。
2020年4月、コロナ禍で迎えた入学式。最初はオンラインばかりで友達も作りづらく、大学の授業に参加している実感もあまりありませんでした。その分、今は対面が増えて、授業の内容も「すっと入ってきて理解しやすくなった」そうです。
新しい友達もできて刺激的な毎日。「この前、イスラム教の学生を対象にしたアンケートがあって、食事など困ったことがないかなど聞いてくれたんです。そのサークルでは畑で野菜を作ったりしているみたいで、今度参加してみたいなと思っています」。戦争以外のアフガニスタンについても伝えていきたいと、自身のSNSでアフガニスタン料理を紹介したりもしています。
大学3年生になった今、一番心配なのは将来のこと。「私は周りと違って、自分のアイデンティティがはっきりしていません。就職活動で自分のことを聞かれたら、どんな言葉で伝えたらいいのか、まだ答えが見つけられていなくて不安なんです」。
一方で、マストゥーラさんには強い決意があります。「自分と同じような悩みがある人、自分以上に悩んでいる子どもたちがいる。そんな人たちを助けることができるような仕事に就きたいんです」。
その一歩として今、かつて自分を支えてくれたさぽうと21で、子どもたちのサポートを続けています。「最近は今年の春に日本に来たばかりのアフガン難民の子どもたちに日本語や算数を教えています。音楽や体育など、アフガニスタンにはない科目についても、日本ではこういうのをやるよと伝えたり」。その原動力は、子どもたちのカルチャーショックや不安を少しでも減らすことができれば、という願いからきています。
子どもたちには、自分の大学生活やRHEPについても話すことがあるといいます。「私たちのようなバックグラウンドを持つ学生が、大学に進学するうえで一番の悩みは金銭的なこと。RHEPは挑戦のきっかけを与えてくれました」。将来への道を見つけるために、これからインターンシップに挑戦してみたいと力を込めます。
2007年にスタートしたRHEPは今年で15年目。「RHEPの学生たちはとてもモチベーションがすごく高い。一言でいうと尊敬します」。そう話すのはUNHCR駐日事務所でRHEPを担当する法務部の葛西伶。「応募書類からも大学に入りたいという熱意がすごく伝わってきますし、大学に入ってからも一人ひとりが迷いながらもしっかり考えて道を進んでいる。そのお手伝いができるのはとても幸せなことです」。
これまでこのプログラムを通じて、日本の大学・大学院に約80人が入学しました。「大学や大学院に進みたいけれど、金銭的に難しい、受けられる奨学金がないという方、RHEPの対象になるか分からない、必要書類がないという方もまずは相談してほしいです」。自分の将来の選択肢にどんな可能性があるのか―。難民の若者たちの将来を支えるために、UNHCRは大学やNGOなどと連携し、日本で社会全体で取り組む難民支援に取り組んでいます。
*難民保護の観点から仮名を使用しています。