UNHCRは、2014年から向こう10年で無国籍をゼロにするために「#IBelongキャンペーン」を実施してきました。
その達成期限まであと3年―
無国籍とは何か、どうすれば無国籍をゼロにできるのか、そのために国際社会が求められる取り組みについて、UNHCR駐日事務所首席法務アソシエイト金児真依が解説します。
▶無国籍についてはこちらのページもご覧ください。
Q.無国籍とは?
すべての人がどこかの国の国民であること、それは“当たり前”ではありません。国籍を持つことは、基本的人権であるにも関わらず、世界にはどの国の国民としても認められず、出生証明書やパスポートなど法的に身分を証明する書類を持たない、いわゆる「無国籍者」と呼ばれる人が少なくとも420万人、実際の数字はもっと多いとみられています。
無国籍は、国籍法に不備がある場合、国が分裂もしくは新たに誕生した場合、誰かが国籍を喪失したりはく奪されたりした場合など、さまざまな状況下で生じます。無国籍者は、どの国とも法的なつながりがありません。基本的人権が保障された状況になく、学校に行くこと、医師の診察を受けること、仕事に就くこと、銀行口座を開設すること、家を買うこと、結婚することさえ認められない人がたくさんいます。また、非正規滞在者として拘禁される場合もあります。
無国籍に関する取り組みを進めるためにカギとなるのが2つの国際条約「無国籍者の地位に関する1954年条約」(無国籍者地位条約)と「無国籍の削減に関する1961年条約」(無国籍削減条約)です。
無国籍者地位条約によれば、無国籍者とは「いずれの国家によっても、その法の運用において国民と認められていない者」のことです。国際慣習法とされ、日本を含む非締約国も拘束されます。
Q.持続可能な開発目標(SDGs)と無国籍の関係は?
“誰一人取り残さない”を掲げたSDGsの達成に向けて、無国籍に関連する課題の解決は必要不可欠です(UNHCRのSDGsへの取り組みはこちら)。
たとえばSDG4の「質の高い教育をみんなに」。無国籍の子どもは、国籍や適切な身分証明書がないために、入学が認められない、もしくは卒業まで通い続けることができないケースが多くあり、目標の達成には早急の取り組みが求められます。
SDG16「平和と公正をすべての人に」のターゲットの一つでは、出生登録を含む法的な身分証明の提供がすべての人に行われることが必要とされています。出生証明書は、自分の親が誰で、自分がどこで生まれたかを証明してくれるものであり、国籍に対する権利を主張する上で、また無国籍の防止のために重要な役割を果たしています。
Q.世界で行われている取り組みはどのようなものでしょうか?
2014年にUNHCRが「#IBelongキャンペーン」を開始してから、27カ国で約40 万人について国籍の取得、または確認がなされました。さらに、12カ国が無国籍認定手続を設置し、14カ国が国籍法の改正により自国で生まれた無国籍の子どもに国籍を与えています。
また、2010年から今日(2021年12月)までの間に、無国籍者地位条約の締約国数は65カ国から96カ国、無国籍削減条約の締約国数は33カ国から77カ国へと増加しました。
無国籍ゼロを達成した事例として、キルギス共和国では、1万3,000人以上いた無国籍者がわずか5年で2019年にゼロとなり、世界に向けて無国籍の根絶が可能であるということを表しました。
Q.無国籍根絶のカギとなる「無国籍認定手続」について簡単に説明してください。
現時点で無国籍である人を特定し、公式に認定するための制度です。通常は、無国籍者が申請を行い面接を受け、当局から認定されれば、無国籍者証明書、働く権利および統合への道筋を伴った在留許可を与えられることになります。
無国籍者の帰化を容易にする法律上の規定を設け、無国籍者としての認定が無国籍状態の終了につながるようにしている国もあります。また、無国籍者の両親からその国で生まれた子どもに国籍を付与する国籍法の規定があれば、親の無国籍者認定によって、その恩恵を受けやすくなります。日本もそのような国籍法の規定のある国の一例です。
2021年10月現在、無国籍認定手続を設けている国は少なくとも27カ国です(アルゼンチン、ブラジル、ブルガリア、コロンビア、チリ、コスタリカ、コートジボワール、エクアドル、フランス、ジョージア、ハンガリー、アイスランド、イタリア、カザフスタン、コソボ、ラトビア、メキシコ、モルドバ、モンテネグロ、パナマ、パラグアイ、フィリピン、スペイン、トルコ、ウクライナ、英国、ウルグアイ)、。無国籍者地位条約上の権利を保障するために無国籍認定手続は重要な仕組みですが、モルドバ、コソボ、カザフスタンのように無国籍者地位条約には入っていないものの、無国籍者の保護のために手続きを設置する国もあります。
Q.日本にも無国籍者はいるのでしょうか?
2020年6月の時点で出入国在留管理庁には645人が無国籍者として登録されていますが、在留資格のある人のみを対象としていますし、また、厳密な国籍の認定に基づくものではないとされています。国籍がある人が含まれている可能性、自分が無国籍であることを知らない人や在留資格が無い人が入っていない可能性等があります。
無国籍の研究者や法律実務家で構成される無国籍研究会が行った研究「日本における無国籍者」―類型論的調査―(2017年)※1によれば、日本にいる無国籍者や国籍が不明な人には、法律の抵触によるケース(日本で生まれ、両親の国籍国で厳格な出生地主義が採用されている人など)、両親が分からない子ども、ミャンマー出身のロヒンギャ、そしてインドシナ難民の子孫のように、しばしば数世代に渡って移住や避難を繰り返してきた背景を有する人々がいることが報告されていますが、これは一例です。
※1同研究は無国籍研究会がUNHCR駐日事務所の委託・日弁連法務研究財団の助成を受けて実施されたものです。同報告書に記載されている見解は著者のものであり、必ずしもUNHCR の見解を反映するものではありません。
Q.日本で無国籍の人を認定したり、国籍を与えたりする手続はあるのでしょうか?
日本の法令には無国籍者の定義がなく、現時点では無国籍者としての地位を認定し保護することに特化した認定手続もありません。一方で、日本では近年、大変前向きな動きがいくつもあります。
法務省は今年7月初めて、2016年から2020年の間に日本で生まれ、出入国在留管理庁に無国籍として登録されていた子どもの国籍状況について実施された追跡調査の結果を発表しました。また、在留カードに無国籍と表示されている、または特定の国籍の記載があるにも関わらず実際には無国籍状態となっている子どもも含めて、定期的なデータ分析や相談窓口など一連の対応を行うことを発表しています。無国籍は、日本が根絶へと対応を進める無戸籍とも非常によく似ている問題であるという重要な指摘も当時の法務大臣によりされています。この取り組みは、2021年10月発行の「#IBelongニュースレター」でも紹介されています。
また今年2月には、無国籍認定手続と申請中の処遇や定住支援についても盛り込まれた法案が、日本の6つの政党によって国会に提出されました。採択には至りませんでしたが、国会で無国籍者の保護のための提案がなされたという事実自体が大切な進展だと考えており、このニュースも、2021年4月発行の「#IBelongニュースレター」で紹介されています。
現在、日本の国籍法には無国籍へ対応するための規定があります。国籍法第2条第三号は、日本で生まれた子どもについて、父母がともに知れないまたは国籍を有しない場合には日本国籍を付与することとしています。第8条第四号では、日本で生まれた無国籍者の帰化の要件の緩和について定めています。
無国籍者または国籍不明者に対して、出入国管理および難民認定法に基づく在留特別許可が与えられた例がいくつもあることも、上述の「日本における無国籍者」でも報告されています。出生登録は無国籍の防止のために大変重要ですが、日本では在留資格のない外国人でも、出生届を出すことが可能です。このように日本の法令と先例には、特にアジア諸国の中では模範的な面がいくつもあります。
Q.2021年は無国籍削減条約の採択60周年です。日本は無国籍条約に加入していますか?
日本は無国籍者地位条約と無国籍削減条約ともに加入していません。無国籍を取り巻く特殊な状況への対処に特化した国際条約はこの2つのみであり、条約加入により無国籍に対する確固たるコミットメントを示すことができます。UNHCRでは、加入において日本の国内法を大幅に改正する必要はないと考えています。
特に意義深いのは、無国籍者地位条約における無国籍者の身分証明書や旅券への権利についての規定です。SDG16が定める法的な身分証明への権利を保障する日本の取り組みにつながります。
日本の法令に無国籍者地位条約の無国籍者の定義を反映させ、無国籍認定手続を設置することで、無国籍者への保護の強化と、日本国籍法における無国籍防止・削減の規定の一層の活用にもつながります。また、無国籍者を正確に把握し、長期的な解決策を模索したうえで帰化を含む社会統合への道を保障することは、人間の安全保障だけでなく国家の安全保障にもつながります。
2018年には国連人権理事会の関連でなされた2つの条約への締結の検討に対する勧告に前向きな姿勢も表明しています。また、2019年、無国籍に関するハイレベルセグメント(HLS)の際には、無国籍を「すべての人にとって大きな懸念の対象である問題」であるとして、日本政府はUNHCRの活動への支持を表明しました。
この数年、2つの条約への締約国は著しく増加していますが、アジア太平洋地域においては依然として少ないのが現状です(無国籍者地位条約6カ国:オーストラリア、フィジー、キリバス、フィリピン、韓国、トルクメニスタン。無国籍削減条約4カ国:オーストラリア、キリバス、ニュージーランド、トルクメニスタン)。
日本政府も賛同している「難民に関するグローバル・コンパクト(GCR)」「移住に関するグローバルコンパクト(GCM)」でも、無国籍への対応の必要性が強調されています。
日本の加入は、無国籍への対応のためのコミットメントをさらに強固なものとすると同時に、アジア諸国や国際社会に対して大変良い刺激となります。UNHCRとしても、条約加入の検討に限らず、無国籍へのさらなる対応を進めるため、専門的・技術的支援の提供などを通して日本政府と一層の協働をしていきたいと考えています。
Q.無国籍根絶のためにできることは?
それぞれの国が法令と実務上の整備や工夫を進めることで、無国籍はゼロにすることができます。つまり、世界のどの国にも解決への道があるのです。
この世界のすべての人が“#IBelong”=“自分の居場所”だと本当の意味で言える国があり、基本的な権利を享受できるよう、私たち一人ひとりがまず無国籍について知り、そして周りに広めていくことが大切です。
無国籍をゼロにするために、ぜひ「#IBelongキャンペーン」の支援の輪に加わってください。
金児真依(かねこ・まい)国連難民高等弁務官(UNHCR)駐日事務所 首席法務アソシエイト
2004年より駐日事務所法務部に勤務。レバノンやパキスタン事務所等でも勤務経験あり。米国・コロンビア大学国際公共政策学大学院で国際人権法を学び、2004年修士号取得。2020年オランダ・マーストリヒト大学にて国籍法・国際無国籍法の研究で博士号取得(法学)。研究者としても父母がともに知れない子の無国籍の防止についての著書『Nationality of Foundlings (Springer 2021)』等を発表。
聞き手:UNHCR駐日事務所コミュニケーション部首席(当時)ディアナ・ビティティ
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