1日の終わり。婦人科医のハサン(40)は自宅のソファーに座り、イラク北部でISISに捕らわれていた女性の患者から聞いた悲惨な話を書きとめています。
厳しい道のりを歩み、困難に直面するヤジディ教徒の女性の力になりたいと決めてから4年。ハサンは1000人以上を診察してきました。
「毎日家に帰ると、その日患者から聞いた話を思い出しては涙が出てきます。私も同じヤジディ教徒で、女性だから」
イラク北西部のシンジャール、イスラム神秘主義とゾロアスター教にルーツを持つヤジディ教徒は、2014年8月に武装グループの標的となり、12歳以上の男性・少年は家族から引き離され、抵抗する者は殺害されました。女性・少女は誘拐され、奴隷として売買され、数カ月から数年にわたって監禁。その数は推定6000人以上にもおよびます。
ハサンは当時、モスルの北東14キロメートルの町の病院で働いていましたが、クルド人自治区のドホークに家族と避難。ヤジディ教徒の男性の虐殺、女性や子どもの誘拐の話を耳にするようになりました。
数カ月後、ドホークに逃れてきたヤジディ教徒の女性2人から、いかにその経験が悲惨なものかを聞きました。「その時から私の仕事は始まりました。被害に遭った女性たちは人間不信になっていたため、まずは信頼関係を築くことからスタートしました」。
ハサンは当初、自身の仕事を公にすることを控えていました。ヤジディ教徒の女性が受けている被害の全容解明に時間を要していたからです。
しばらくしてすべてが明らかになり、宗教グループやコミュニティの指導者に対し、被害を受けた女性たちのケアを適切に行うよう通達が出されました。
「ヤジディ教徒のコミュニティは、一番に受け入れを表明してくれました。家族が迎え入れること、コミュニティからの支援が必要不可欠です」
ハサンは2年前にNGO「Hope Makers for Women」を設立。難民キャンプの女性たちを訪問し、医療面、心理面からサポートを提供しています。「ISISから逃れて2、3年。仕事もない中で、どうやって立ち直っていけるでしょうか」。UNHCRはパートナー団体と連携し、ヤジディ教徒の女性や少女のニーズに応じたカウンセリングを行っています。
また、ヤジディ教徒の第三国定住の受け入れに向けて、国際社会に協力を呼びかけています。イラクに住み続けることを望む人たちに対しても、金銭的支援のほか、地域経済の回復に向けた就労支援なども必要であると指摘します。
被害を受けた人たちの証言を書きとめたノートの横には、患者の一人であり、ノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドさんの自伝が置かれています。
「親愛なるハサン先生へ。私たちも精一杯ISISと闘ってきましたが、先生が私たちを治療すると決めた日こそが、一番強力な武器での対抗でした。先生の決断が、私たちにまた生きる力を与えてくれたのです」
ナディア本人から贈られた本の中に、そう手書きでメッセージが書かれています。
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