“ふるさとの町は、海がちかい。
夏になると毎週のように、家族そろって海へいった。
でも、あの海ですごすことは、もう二度とない。
だって、去年、それまでのくらしは、すっかりかわってしまったから……”
『ジャーニー 国境をこえて』(フランチェスカ・サンナ 作/青山真知子 訳/きじとら出版)より
絵本を開き、ものがたりを語り始めると、直前までそわそわしていた子どもたちも、次第に絵本の世界へと引き込まれていきます。
絵本を読み聞かせるのは、翻訳家で作家の野坂悦子さんです。
6月20日の「世界難民の日」に関連して、UNHCR駐日事務所が二子玉川 蔦屋家電で6月15日から23日にかけて開催した「PLACE OF HOPE 難民のものがたり展」。 初日の15日には、本、写真、劇などのカルチャーをテーマにさまざまなゲストを招き、トークイベントを開催しました。
1つ目のイベントは、野坂さんによる「親子おはなし会」。
この日のために難民のものがたりや多様性を伝える絵本などを3冊選び、会場に集まった子どもたちに向けておはなし会を実施しました。
「誰か一人のものがたりではなく、『みんなの話』」
この日、野坂さんが読み聞かせをしたのは、『ジャーニー 国境をこえて』『ねえさんの青いヒジャブ』『あさになったのでまどをあけますよ』の3冊です。
それぞれの絵本に直接的な戦争の描写はありませんが、故郷を追われることの苦労や自身のアイデンティティや文化に誇りを持つことの大切さ、そして新たな1日を迎えられることの喜びが、それぞれのものがたりを通して表現されています。
例えば、『ジャーニー 国境をこえて』には次のようなシーンが登場します。
登場人物たちが暮らす国では大勢の人が街を離れる決断をするなか、主人公は母親に彼らはどこへ向かうのかと尋ねます。
“「どんなところ?」と、きくと、
「安心してくらせるところよ」と、かあさんはこたえる。
「いったい、どこにあるの?」
かあさんは、いろんな写真をみせてくれる。みたこともない町、みたこともない森、みたこともない動物。
さいごに、かあさんは、ため息をついて、いった。
「わたしたちもいきましょう。もう、おびえてくらさなくてもよくなるわ」”
親子は一度は国境を正面から越えようと試みるも失敗。それでも、男にお金を支払ってボートに乗り込み、安心して暮らせる場所を求めて旅を続けます。
自分の身に何が起きているのか、完全には理解していない子どもの目線で綴られる難民の生活。野坂さんは次のように語ります。
「この絵本を書いたフレンチ(フランチェスカ)・サンナさんは、学生時代にイタリアの難民センターにいた2人の女の子から、イタリアにたどり着くまでの長い話を聞いたそうです。サンナさんはその時の話が忘れられず、もっと多くの人の話を聞いた上で、誰か一人のものがたりではなく、『みんなの話』としてこの絵本を作りました」
難民についてニュースで一度は触れたことがある多くの大人たちにとっても、多くの気づきを与える一冊ではないでしょうか。
ヒジャブを着けて五輪出場、実体験にもとづく絵本も
2冊目の『ねえさんの青いヒジャブ』の読み聞かせを始める前に、野坂さんはタイトルを指さし、「読める?」と一言。
会場の子どもたちが、「ねえさん」「青い」と自分の知っている言葉を口々に声に出すと、野坂さんは、「みんなはヒジャブって知ってる?」と重ねて問いかけました。
日本で暮らす多くの子どもたちにとっては馴染みが薄いかもしれないヒジャブについて、まずは簡単に紹介することから読み聞かせを始めます。
ヒジャブとはイスラム教徒の女性が頭や身体をおおうために用いるスカーフ状の布のこと。
この絵本では、6年生の新学期が始まるのに合わせて学校にヒジャブを着けて通い始めた姉のことを誇りに思う妹の姿が描かれています。
“「あなたのおねえさん、頭になにつけてるの?」
同じクラスの女の子が、ちいさな声できいた。
「スカーフ」わたしもちいさな声でこたえた。
どうして、そうなるのか、わからない。
こんどは、もっとおおきな声をだしてみた。
「スカーフみたいだけど、ヒジャブっていうの」
「へえ」と、その子は言う。
アシヤのヒジャブに、ちいさな声は、にあわない。
アシヤのヒジャブは、はれた日の青い空。
空に、ちいさな声は、にあわない。
空はいつもそこにあって、あたりまえだけど、とくべつなの。”
『ねえさんの青いヒジャブ』(イブティハージ・ムハンマド、S・K・アリ 文/ハテム・アリ 絵/野坂悦子 訳/BL出版)より
「ねえさん」は時に学校で意地悪な言葉を投げかけられても、ひるまず自分を失いません。
実はこのものがたりは、ヒジャブを着けてオリンピックに出場した初めてのアメリカ人選手のイブティハージ・ムハンマドさんの実体験に基づいています。
「ヒジャブを着けるって、他の人と違うことでしょう。しかも彼女はヒジャブを着けてオリンピックに出た。自分がイスラム教徒であるということに誇りを持ち、堂々と戦う姿には多くの人が勇気をもらったんです」
「イブティハージさんは、このものがたりを通じて、『あなたはあなたであることに誇りを持っていい』『あなたが信じているものを、しっかりと見せることは恥ずかしいことじゃない』と伝えてくれています」
野坂さんはこのように紹介したうえで、「親子おはなし会」を次のように締めくくりました。
「“難民のものがたり”として、故郷を追われ、大変な思いをしている方々のお話などを紹介しました。難民も、今はそうではない人も幸せに暮らせるように一緒にやっていけたらいいなという思いを込めながら、今日は本を読みました。またお会いしましょう」
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