都心からのアクセスも良く、学生や若者が集まる場所町田は通称「西の渋谷」として知られ、常に多くの買い物客で賑わいを見せています。今回はそんな町田にカンボジアにルーツを持つ母娘が切り盛りするクメール料理レストラン「アンコール・トム」にお邪魔しました。30年ほど前、日本でそれぞれ別の仕事をしていた姉妹で一緒に働きたいという願いを叶えるため、料理が大好きだった姉のペン・セタリンさんが都内でも珍しいカンボジア料理のレストランをオープンしました。
現在はカンボジアに拠点を移したペン・セタリンさんに代わり、レストラン「アンコール・トム」を引っ張るのはお嬢様のモニカさん。女優としても活躍しているモニカさんは、レストラン業と女優業の両立に忙しい毎日を過ごしています。もともと歌うことが大好きで、歌手になることが夢だったというモニカさんは、舞台に出会いその面白さに魅了されてから女優を目指すようになったそうです。ご自身のルーツでもあるカンボジアでの活動も視野に入れつつ、見る人の心を動かす女優になれるよう夢に向かって奮闘中です。
カンボジア人の両親を持ちながらも、日本で生まれ育ったモニカさんにとってふるさとは日本。でも毎日食卓に並ぶカンボジア料理こそがソウルフードだといいます。そんなモニカさんにお勧めのカンボジア料理を聞いてみました。
アンコール・ワットで有名なカンボジアですが、カンボジア料理と聞いてピンと来る方はそう多くはないと思います。カンボジアは東南アジアの中央に位置し、隣接する国々と食文化も似ています。その中でもカンボジア料理の特徴といえば、プラホックという魚の塩漬けのペーストを調味料として使用すること、レモングラスを比較的たくさん使うこと、そしてタイ料理ほど辛くなく、使用される香草も少ないため、穏やかで食べやすい味などということが挙げられます。また、主食はお米で魚をよく食べるので日本人にも親しみやすい魚醤(ぎょしょう)にも近い味といえます。プラホックという調味料は、発酵食品なので独特な香りがありカンボジア料理には欠かせません。
まずはカンボジア料理入門編のクイティウをご紹介します。
モニカさんも大好きだというクイティウ(750円)。ベトナムのフォーのような細めの米麺に牛肉でしっかりダシをとったスープでいただくカンボジアの代表的な庶民食です。見た目はさっぱりとしていますがスープにはコクがあり、にんにくが香るクイティウは朝ご飯の定番です。
フランスパンにクイティウのスープを浸して食べるのがカンボジア流。というのもカンボジアはかつてフランス領だった時代があり、その面影が今でも食文化に残っているんですね。本場フランスに負けないくらいおいしいパンが手に入るカンボジアではこのように様々なお料理をパンと一緒に食べるのだそう。
ちょっと味を変えたいなという時には、アンコール・トム自家製のレモンソースをクイティウにかけて食べるとさっぱりといただけます。
見るからにすっぱそうなレモン色のソースを一口試してみると、酸味と甘みとピリッとした刺激が同時に口いっぱいに広がります。このソースが好きで遠方からお店にお足を運ぶお客さんがいるというのもうなづけます。
実はこのソース、昔からカンボジアの家庭では定番のソースでしたが、今では市販のソースがスーパーの棚に並び、自宅で作る家庭が少なくなってしまったそう。現地のレストランでも市販のソースを使う店がほとんどで、手作りの味はめったに食べられないのだとか。
このレモンソースだけでなく、『アンコール・トム』では手作りの味にこだわってきました。調味料や食材などは可能な限りカンボジアから仕入れ、料理に必要なペーストやスパイスを作る時にはフードプロセッサーは使用せず今でも石臼を使う徹底主義です。
料理人であるお母さんたちが、手間がかかってもコストがかかっても自家製にこだわり、自宅ではなかなか作れないふるさとの味を提供し続けています。カンボジアを訪れたことがあるお客さんから「『アンコール・トム』の料理は現地よりもおいしい」と言われることがあるのはそのため。現地のレストランでもなかなか味わうことが出来ないおふくろの味を求めて、週末は遠方からカンボジア出身の方々もやってくるそうです。
カンボジアでも、コストも手間もかかる伝統的な調理法は、調理方法の簡略化が進むにつれ徐々に失われているそうです。どこの国でも伝統の味を守るのは難しいのですね。
「せっかくカンボジア料理を食べるのだから新しい味に挑戦してみたい」という方にはこちら、ソムローマチュークルーンと呼ばれるカンボジア風スープ。タイの代表的な料理トムヤムクンで使用されるコブミカンの葉とカンボジア料理でよく使われるハーブ、レモングラスの香りが融合した奥が深い野菜たっぷりのスープです。「クルーン」という数種類のスパイスをすりつぶした香り豊かなペーストが味の基本。見た目はいたってシンプルですが、その複雑な香りに想像を膨らませ食べてみると若干の酸味と辛味、かみ締めるほどに旨味が溢れ出る牛肉、そして煮込まれた野菜の風味が見事に調和しています。ほんのり苦味を感じさせる後味はカンボジア料理特有の味わいです。
海に面し、メコン川と繋がる東南アジア最大の湖トンレサップ湖があるカンボジアの食卓はシーフードが豊富。魚はカンボジアで最も一般的な食材です。アモックとは魚のココナッツカレー蒸しのこと。カンボジアでは雷魚が使用されることが多いアモックですが、こちらではメカジキを使っています。バナナの葉で包んで蒸された魚はほんのり甘い香り。淡白な白身とクリーミーでスパイシーなカレーソースがよく合う絶品です。残ったカレーソースもフランスパンで残さずすくってください。
フランス料理を思わせる彩りも華やかなアモックは、カンボジアでは誰もが大好きなご馳走で、お祝い事や親戚が集まる場で食べることが多いそうです。
食後にはずせないのがスイーツ。今回ご紹介するのはかぼちゃプリン(380円)です。かぼちゃプリンといってもかぼちゃ味のプリンではありません。かぼちゃに入ったプリンなのです。
卵とココナッツミルクでできたプリンの味はシンプルで子どもの頃に食べたことがあるような、優しい懐かしい気分にさせてくれる味です。プリンの甘さが控えめでかぼちゃそのものの甘みを邪魔しないので一緒に食べるとさらに美味しい!カンボジアでは子どもから大人までみんな大好きな定番おやつなんだとか。
ちなみに、「かぼちゃ」という名前は、かつてかぼちゃがポルトガルからカンボジアを通って日本に渡ってきた時に、「カンボジア瓜」とい呼ばれていたものがなまって「かぼちゃ」になったそう。これは知らなかった方も多いのでは?
お店を経営していてうれしかったことは何かを質問すると「いつもうれしい」と笑顔で答えてくれたセタリンさん。とにかくお店に来てくれて、カンボジアに興味を持ってくれることがうれしいと言います。お客さんと思いがけず一生の友人になることもしばしば。レストランを経営していて人と人のつながりの大切さを実感したそうです。
そんな明るいセタリンさんが日本にやってきたのはもう40年も前のことです。国費留学生として来日したものの、祖国の情勢が悪化し帰国できなくなったセタリンさんは難民として日本に残ることになりました。1985年に「アンコール・トム」を開店させてからは、レストラン経営の傍ら、通訳の仕事や、大学の講師、ご自身が代表を務めるカンボジア支援団体の運営に休む暇も無く働いてきたセタリンさんは現在、母国カンボジアの大学で教授をなさっています。
母国のために何かしたい、とセタリンさんが創立したCAPSEA(東南アジア文化支援プロジェクト)の活動ではカンボジアに11校の学校を建てたほか、女性の自立支援センターの運営も行ってきました。現在も、本を読む機会の少ない地方の子どもたちのために移動図書館を行うなどカンボジアの教育・文化支援に力を注いでいます。レストランの収益がこの活動支援にあてられているほか、自立支援センターでカンボジアの女性が作った民芸品も店内で販売しています。
モニカさんもこの移動図書館に同行し、紙芝居のお手伝いをしたことがあるそう。もう日本ではあまり見られなくなった紙芝居ですが、目をキラキラと輝かせながら紙芝居を楽しむカンボジアの子どもたちを目の当たりにし、子どもたちの純粋な心に改めて感銘を受けたと言います。
ゆくゆくはカンボジア初の女子大を作りたいと語るセタリンさんは「70歳までがんばるよ!」と力強く意気込みを語ってくれました。
カンボジアに行ったことがある人も、そうでない人も『アンコール・トム』に行けばたちまちカンボジアが好きになります。距離でこそ遠く離れたカンボジアですが、日本とカンボジアを舞台に活躍する魅力溢れるセタリンさんとモニカさん母娘がその距離をぐっと近づけてくれます。
※お店の情報は変更されている場合があります。各自で開店状況をご確認ください。
※ここに掲載されている情報は、いかなる個人・団体の意見を代表、反映しているものではありません。