12月3日は「国際障害者デー」。1982年12月3日に「障害者に関する世界行動計画」が採択されたことを記念し、1992年の国連総会で定められた国際デーです。
世界では障がいのある人は全人口の約15%。紛争や迫害により、故郷を追われた人々もその例外ではありません。
自分の意思に反して故郷を追われるという困難に加え、障がいがあるゆえに直面するさまざまな壁ー。UNHCRアジア太平洋地域局で保護官を務め、UNHCRの現場で障がい者支援に携わってきた古川敦子にUNHCRの活動について聞きました。
■ 私の難民支援の原点
大学院の時に、アメリカ国内の難民受け入れ・支援センターでボランティアをしたことがあります。そこで、ボスニアやベトナムなどから逃れてきた難民と出会い、紛争や迫害により祖国を出ざるを得ない状況、祖国への想い、祖国に残してきたもう二度と会えないかもしれない家族や友人の存在などを知りました。同時に、苦境の中にあってもあきらめない強さ、苦しみを乗り越えていく姿に強く感銘を受けたことを覚えています。
また、そんな彼らをさまざまな立場からサポートする活動にもふれ、たとえ小さなことでも弱い立場の人には大きな心の支えになることも学び、自分にできることは何かを考えるきっかけとなりました。
■ 世界の障がいのある難民の現状
民間企業での勤務を経てUNHCRに入り、エジプト、コソボ、タイ、ミャンマー、ネパールなどの現場を経験してきました。現在はアジア・太平洋地域のコミュニティべースの難民保護を担当しています。
紛争や迫害により、住み慣れた故郷から避難を余儀なくされた人々は、身の危険を感じ、着の身着のまま、大切なものを残して逃れてきています。避難先で生活に必要なものを手に入れるのは容易でなく、さまざまな困難が続きます。
医療や教育など必要なサービスへのアクセスも難しい、そんな脆弱な環境下で、障がいのある難民はさらなるリスクを負うことになります。
世界的な基準では全人口の15%に障がいがあるといわれていますが、アジア太平洋地域のUNHCRの支援現場で確認されている障がい者の割合はこれよりもかなり少なく、正確に情報を把握できていないのが現状です。まずは特別なニーズがある人を正確に把握し、そのうえで、より適切な保護や支援を行っていくことが重要だと考えています。そのために現在、最新のデータべースシステムの導入やツールの使用を通じた改善の動きがあります。
そのほかにアジア・太平洋地域では、医療、補助器具、こころのケア、啓発活動、現金給付などに加え、障がい者やケアテイカーの自助グループや支援団体へのサポートも行っています。また、障がいのある難民の社会参加の促進のため、地域の障がい者支援団体と連携した活動もあります。
UNHCRの役割は、障がいのある人が差別されることなく、必要な権利を行使し、さまざまなサービスにアクセスできる環境づくりの手助けです。
そのすべての過程で大切にしているのは、何事も難民と相談しながら進めること。自身の生活に影響する決定には、当事者の声が反映されるべきだからです。
■ UNHCRの難民支援の現場で
私がこれまで働いてきた難民支援の現場で、障がい者支援が最も活発に行われていたのはネパールのブータン難民キャンプでした。そこは視聴覚障がいのある人が多く、当事者とその家族、ケアテーカーを含む支援者で構成された自助グループがありました。ちょうど私が赴任している時期にネパールが 「障害者権利条約」を批准し、専門機関の調査が入ったこともあり、UNHCRとしても障がい者への支援を強化することになりました。
まずは、障がいがあっても難民キャンプ内で行われている活動に平等に参加できるようにするために、コミュニティが主体となり、補助や支援を行うには何が必要か、実施すべき取り組みを洗い出していきました。さらに、病院、学校、その他のサービスが提供される場所へのアクセスの見直しなど、試行錯誤を繰り返しながらも、たくさんのことが進んでいきました。
そんななか、とてもうれしいことがありました。難民キャンプ内の聴覚障がい者や難民スタッフを対象とした手話のクラスで、UNHCRやパートナー団体の中からも障がい者とのコミュニケーションの向上のために手話を習いたいという声が上がるようになり、スタッフ向けに特別にコースを設けたのは良い思い出です。
また、難民キャンプ内にはブータン難民が運営する障がい者団体があり、難民の女性がトップとなり団体を率いています。彼女は障がい者女性の自立や性的暴力抑止など活動に特に力を注いでおり、昨年には国連難民高等弁務官との対話のイベントに難民代表の一人として招かれ、難民の障がい者の持つ強さと社会貢献について素晴らしいスピーチしました。現在では団体の活動の枠も広がり、地域の障がい者支援を率いる存在となっています。
■ 障がい者支援とSDGsへの貢献
UNHCRが目指しているのは、年齢、ジェンダー、障がいなどに関わらず、UNHCRの支援対象者すべてが平等にサービスや機会にアクセスし、必要な権利を行使できるようになることです。これは持続可能な開発目標(SDGs)の達成にもつながっていきます。
故郷を追われた人は、障がいのある人も含めさまざまな困難に直面し、社会から取り残されてしまうリスクにあります。SDGsの目標には難民のニーズ、UNHCRがすでに取り組んでいる分野が多く含まれています。UNHCRは各国に対して、それぞれの国の障がい者への取り組みに、難民を対象に含めるように呼び掛けています。
このような活動は簡単ではありませんが、現場でも力をもらうことがたくさんあります。タイの難民キャンプで、とても印象的な出来事がありました。難民キャンプ内の聞き取り調査で、障がいのある難民たちと出会った時のことです。長いキャンプ生活から将来に対して不安を訴えたり悲観視する人も多く、緊張しながら臨んだ会合でしたが、予想に反して、真っ先に手をあげて将来への希望を語ったのは数名の障がい者の女性たちでした。「機会さえあれば何でもできる!」と、声高らかに語っていた時の彼女たちの笑顔が深く記憶に残っています。
■ インクルーシブな社会の実現に向けて~日本からできること
今年の夏、東京で開催されたパラリンピックでは、パラリンピック難民選手団のアスリートの雄姿に、たくさんの人が励まされ、感銘を受けたことと思います。私自身も、想像しがたい体験をしてきたにもかかわらず、スポーツを通して自分の道を切りひらいてきた彼らの活躍を目にして、この仕事に関わっていることの意義をあらためて感じました。そして、できるだけ多くの人が苦境を乗り越えていけるよう頑張らなければと、気持ちが引き締まりました。
難民というと、どこか遠いところで起こっていることのように感じるかもしれません。現在、アジア・太平洋地域では、アフガニスタンやミャンマーなどからたくさんの人が近隣諸国に逃れています。また域内の多くの国々が、一時的または恒久的に難民の受け入れを行っています。
日本政府をはじめ、日本からUNHCRに届けられる支援は、ふくれあがっていく難民支援へのニーズや受け入れ国の負担を軽減するためのサポートに大きな役割を果たしています。いま日本では、地域団体、若者や学生グループなど、難民問題について理解を深め、日本にいる難民と交流し、身近でできる支援とは何かを考え行っている方々がたくさんいます。そういった輪が、今後どんどん広まっていってくれることを期待しています。
また、国際障害者デーを機に、難民を含む障がい者への差別や壁を取り除き、自分のもつ可能性と能力を十分に発揮できるインクルーシブな社会を、皆さんとともに目指していけたらと思います。