日本政府は、フィリピンのバンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域 (BARMM:Bangsamoro Autonomous Region in Muslim Mindanao)でのUNHCRの活動に、8億5,800万円(約550万米ドル)の無償資金協力を決定しました。平和構築の一環としてUNHCRが同地域で出生登録サービスへのアクセス改善のために実施する、向こう30カ月の活動を対象としています。
現在、フィリピン全体の出生登録率は96.6%であるのに対してBARMMは77%にとどまっており、国内で明らかな格差が生じています。この地域の全州が、フィリピン国内の出生登録の割合で下位10位に入っています。
出生登録に関連する格差により無国籍のリスクが高まり、出生証明書がなければ、法的な身分証明が難しくなります。さらに、教育、医療、雇用、移動の自由といった基本的な権利へのアクセスも容易ではなく、日々の生活でさまざまな困難が生じています。
UNHCRはこの状況への対応として、2021年からバンサモロ暫定自治政府の社会福祉開発省(MSSD)に対して出生登録の支援を実施してきました(くわしくはこちら)。その対象は、サマ・バジャウ族およびBARMMでの武力紛争によって避難を強いられた子どもたち。しかしながら、これらの支援を通じて、出生登録の重要性への認識不足、対象となるコミュニティへのアクセスの難しさ、データの入力不備など、出生登録にはさまざまな課題があることも明らかになっていました。
今回の日本政府の資金協力を通じて、UNHCRはパートナー団体と連携し、出生登録に必要な支援を強化するとともに、サマ・バジャウ族、そして武力紛争や家族の事情で故郷からの避難を余儀なくされ出生登録が行われていない子どもたちなど、BARMMで社会から取り残された人々のレジリエンスの改善を目指します。また、フィリピン政府の正常化プロセスに沿って、元戦闘員とその家族も支援対象としています。
具体的には、2024年から2027年にかけての30カ月で、南マギンダナオ、北マギンダナオ、南ラナオ、バシラン、スールー、タウィタウィの50自治体で出生登録の取り組みを拡大し、まずは約3万人への裨益を予定しています。さらに、その一連の取り組みを通じて、向こう10年間で、80万人(8万世帯)への裨益を目指します。
また、優先度の高い地域では、自治体や出生登録の担当部署の能力強化、登録作業のデジタル化を進めるとともに、出生登録の重要性などについての啓蒙活動も実施します。さらに、サマ・バジャウ族や出生登録のない子どもに対して、武力紛争による強制移動の側面からの保護を強化するとともに、元戦闘員とその家族の出生登録を通じて、フィリピン政府の正常化に向けた取り組みを補完するねらいもあります。
6月11日、遠藤和也 駐フィリピン共和国日本国特命全権大使とUNHCRフィリピン代表マリア・エルミナ・バルデアビジャ=ガジャルドが交換公文に署名しました。
遠藤大使は「この取り組みを通じて、社会から取り残された人々と各自治体のつながりが強化され、政府や関連のステークホルダーによるサービスなどの支援が必要な人に確実に届くようになることを願っています」と話しました。
UNHCRフィリピン代表のバルデアビジャ=ガジャルドは、日本政府との連携への感謝を伝えるとともに、「日本の資金協力を通じたこの取り組みは、 “誰一人取り残さない”を掲げた持続可能な開発目標(SDGs)の目標16.9(すべての人々に出生登録を含む法的な身分証明を提供する)の達成、フィリピンの国家行動計画にも含まれる無国籍の根絶に非常に重要な意味を持つものになるでしょう」と話しました。
署名式には、グスタボ・ゴンザレス フィリピン国連常駐調整官・国連人道調整官、ユニセフ のオユンサイハン・デンデブノロフ フィリピン代表をはじめ、フィリピンの関連省庁も出席し、フィリピン国内で無国籍への対応を続けていくことを確認しました。
ゴンザレス国連常駐調整官・国連人道調整官は、「この出生登録は触媒的投資の一例です。また、登録という事実があるだけで、1人の子どもの未来への道が大きくひらかれていく――開発アジェンダ(SDGs)における転換点の一例でもあります」と話しました。
デンデブノロフ ユニセフ フィリピン代表は、ユニセフがUNHCRのパートナーとして「子どもの無国籍への対処のための共同戦略」に取り組んできた活動について紹介。先住民のコミュニティの人々に出生証明書を手渡した時のことを振り返りながら、今回の日本政府の協力を通じて出生登録の拡大の取り組みへの支援を行っていくことを表明しました。「このプロジェクトの一員として、UNHCRと連携した活動を継続できることを光栄に思います。証明書へのアクセスが改善されることで、人権が確保され、社会的地位や尊厳ある生活などの解決策につながることを願っています」と話しました。
フィリピン和平・和解・統合担当大統領顧問室(OPAPRU)のイシドロ・プリシマ上席次官は、「OPAPRUを代表して、カルリート・ガルベス長官は支援を表明しています。BARMMとミンダナオの平和と開発に向けた日本の揺るぎない支援にあらためて感謝します」と話しました。
フィリピン法務省 難民・無国籍者保護部門のパウリート・デ・ジーザス長官は「この取り組みは、無国籍の根絶に向けたフィリピンの国家行動計画に貢献するものであると同時に、政府からの必要なサービスへのアクセス、基本的人権の擁護にもつながるでしょう」と強調しました。
バンサモロ社会サービス開発省ライサ・ジャジュリー大臣は「UNHCRと日本政府との連携のもと、この出生登録の BARMMの50自治体への拡大した取り組みにより、バンサモロの人々の行政サービスへのアクセス改善などの機会が広がり、地域の変化と発展につながっていくと思います」と話しました。
UNHCRは、世界各地で無国籍の根絶に向けて活動しています。1994 年以降採択された一連の決議により、国連総会はUNHCR に対し世界規模で無国籍を防止、削減するだけでなく、無国籍者の権利を守る任務を与えました。無国籍に関しては、主に2つの国際条約(「無国籍者の地位に関する1954年条約」と「無国籍の削減に関する1961年条約」)があり、フィリピンは2022年に1961年条約の78番目の加入国に、アジア太平洋地域では1954年条約と1961条約の両方に加入している唯一の国となっています。
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