エジプトの港町、アレキサンドリアの市街地にある小さなコミュニティセンター。この日、行われていたのは演劇の上映会。難民と地元の若者たちが演じる姿を誇らしげに見つめているのは、シリア人の演出家バッセム(37)です。
2012年に父親をシリアの紛争で亡くし、妻と4人の子どもを連れてダマスカスからアレキサンドリアに逃れてきたバッセム。「演劇は人生の延長」。母国シリアで俳優・演出家として活躍してきた彼は、これまでも自身の経験を演劇の中で表現してきました。
「芸術は癒やし。学校では習わない大切なこと、平和とは何か、安全とは何なのかを教えてくれます。子どもたちの中のマイナスをプラスに変える力がある」
エジプトでも自身にできることを模索した結果、バッセムは、難民、地元の子どもたちにも演劇の授業を始めました。その中には、障害のある子どもや孤児、ストリートチルドレンもいました。
2016年には劇団「ノマド」を立ち上げ、7歳から24歳まで、シリア、イエメン、イラク、スーダンから逃れてきた人たちと地元住民30人が参加しています。UNHCRは広報素材や衣装、メイク道具などを支援しています。
現在、エジプトには58カ国、24万7,000人以上が逃れてきています。その半分以上を占めるシリア難民の多くは都市部で暮らしています。UNHCRはエジプト政府と連携し、医療、教育を提供していますが、難民たちの自立に向けて地域レベルの活動も支援しています。劇団「ノマド」もその一つです。
「ノマド」が題材として選んでいるのは、ジェンダーに基づく暴力やセクシャルハラスメント、人種差別といった社会的課題です。演劇という芸術の中でなら、団員たちは安全に自身の思いを表現できるー。多くの団員が演劇を通じて絆が生まれ、人生が豊かになったと語っています。
バッセムの右腕として活躍するエジプト人のハゼム(24)もその一人。「バッセムと出会って、感情を表現することの大切さを学びました。もう家族のような存在です」
「私たち難民は負担になるのではなく、地域に恩返しをするためにここにいるのです」。バッセムは、難民が受け入れコミュニティの中で活動することの重要性を訴えています。
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