「私たちは命を救うためにここにいます。一人ひとりに役割があって、誰一人欠けてはならないチームなんです」
2018年のナンセン難民賞の受賞者、エヴァン・アタール・アダーハ医師(52)は、マバン委託病院唯一の外科医です。首都ジュバから600キロ離れたこの病院は、ナイル川上流地域で外科手術を行うことができる唯一の施設。何日もかけてやってくる人もおり、24時間体制で臨んでいます。
南スーダンは2011年に独立を果たしましたが、2013年12月に内戦が勃発し、医療サービスが壊滅的な状況に陥っています。医療施設が略奪に遭って占拠されたり、スタッフが脅迫や監禁、誘拐、殺害されることもありました。
マバン郡はいまだ情勢不安が続いており、UNHCRなど国際機関がオフィスを置く敷地が今年の7月に襲撃されました。それでもアタール医師は病院に残り、診察を続けています。最も必要としている人々に医療を届けたい一心で、いかなる状況でも底なしの明るさで危機を振り払っているのです。
南スーダン南部出身のアタール医師は、奨学金を得てスーダンの首都ハルツームで医学を学び、エジプトで臨床医として働きました。1997年に紛争の渦中にあるスーダンの青ナイル州に移り、爆撃に遭った市民や両陣営の兵士たちの治療に従事。そして2011年、スーダン側の激しい争いから逃れて南スーダンのマバン郡にやってきました。
現在、マバン郡の中心の街ブンジでは、受け入れコミュニティーの5万人、スーダンから逃れてきた14万人の難民が暮らしています。国境の向こう側で紛争が激化するなか、UNHCRは今後1万人を超える難民が逃れてくることを予想しています。
アタール医師は1日に10回の手術をこなし、何時間も立ちっぱなしということも珍しくありません。看護師の手伝いもしながら、弾傷の患者、マラリア罹患者、新生児まで、あらゆる症状の患者の診察をして過ごします。時には、子どもたちと冗談を言い合ったり、帝王切開を終えた母親の相談にのったりすることも。彼にとっての幸せは手術の成功だけでなく、患者とつながりあえることなのです。
アタール医師は、患者の宗教によって、聖書やコーランを朗読するといいます。「治療や薬だけでなく、患者さんの不安をどうしたらやわらげられるか、その方法を模索しています」
まだまだ引退は考えられないというアタール医師。この病院は、彼の希望であり、生きる意味そのものだといいます。「より良い医療を提供すると、より多くの人が集まってくれるんです」。今日も笑顔で診療を続けています。
▶ くわしくはこちら(英語)
▶ アタール医師のインタビューはこちら(youtube)
▶ ナンセン難民賞