6月20日の「世界難民の日」に合わせて、UNHCR駐日事務所が二子玉川 蔦屋家電で6月15日から6月23日にかけて開催した「PLACE OF HOPE 難民のものがたり展」。
書籍展初日には「難民と希望、これからの社会を描くものがたり」と題したトークイベントを開催しました。
登壇者は作家・編集者の松家仁之さん、ファーストリテイリング グローバルマーケティング部 部長のシェルバ英子さん、そしてUNHCR駐日代表の伊藤礼樹です。
この日、3人はそれぞれが難民支援に関わるきっかけになった本や、活動を続ける上で大切にしている価値観や指針を学んだ本、そしてあらゆる人々が共に生きることのできるインクルーシブな社会について考えるための手がかりとなる本を持ち寄りました。
新たな故郷を決めて、そこで生きていく人々に思いを馳せて
松家さんは、今年の5月末に発売されたばかりの『ノイエ・ハイマート』(池澤夏樹 著/新潮社)を紹介。この1冊は、20章にわたってシリア、クロアチア、アフガニスタンなど、様々な場所と時代の難民の物語を描いています。
松家さんは次のように語ります。
「ハイマートという言葉は『故郷』という意味です。本来、故郷というものは一つで、古くもならないし、新しくなることもない。ずっとそこにあるはずのものです。でも、この本には、ここが自分にとっての新しい故郷だと決めて生きていくしかない人々の物語が綴られています」
「この本はちょっと不思議なつくりになっていて、それぞれの章で登場人物が代わり、そして時代も変化する。そしてもう一つ特別なのが、この本には日本が戦争に負けて、満州からどうにか帰ってこようとした人々についても、難民のストーリーと一緒に描かれているということです」
「難民問題を数字で見ると、なんとかしなきゃいけないと思う反面、あまりにも数が多すぎて無力感に囚われてしまう」と松家さん。しかし、この日紹介した作品をはじめ、小説を通じて一人称の視点で難民の経験を知ることで、「自分のこととして考えられるのではないか」と語りました。
「過酷な状況でも希望失わず」難民の姿と重なる登場人物たち
シェルバさんが選んだ1冊は、『ルーツ』(アレックス・ヘイリー 著/社会思想社)。この本は、著者が自身の祖先を辿り、西アフリカに生まれ、青年期に奴隷としてアメリカに売られたクンタ・キンテとその子孫たちの物語を描いた小説でピューリッツァ賞も受賞し、ベストセラーとなっています。
この本に登場するのは奴隷の人々です。
「奴隷の問題と難民の問題は異なりますが、人権の問題という点では共通しています。漠然と奴隷制度の酷さは理解していたものの、この小説にはその詳細がかなり赤裸々に書かれています。本当に過酷な状況の中でも希望を失わず、生きていくたくましさがとても印象的な一冊です」
ファーストリテイリングの仕事で難民キャンプへ何度も足を運んでいるシェルバさん。同社は2006年からUNHCRと協働して服の寄贈を行っているほか、2021年からはバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプで縫製技術のトレーニングプログラムを提供しています。また、世界各国のユニクロの店舗では難民雇用を実施しています。
2006年にネパールの難民キャンプで出会ったブータン難民の人々の姿が、『ルーツ』で描かれていた奴隷の人々の姿と重なって見えたとシェルバさんは明かします。
「ブータン難民の方々は、その時点で難民キャンプに25年ほど滞在しているという状況で、本当に(支援やメディアからの注目が集まらない)無風状態が続いていると感じました。まさに忘れ去られた人たちのような状態で、でもその人たちにも過去があり、今がある。でも、未来を見出せない。その姿が『ルーツ』の中で描かれていた登場人物たちと重なりました」
「これは私だ」と感じる程、まさに雷に打たれたような一冊
最後に、UNHCR駐日代表の伊藤が紹介したのは、『小僧の神様』(志賀直哉 著/岩波書店)という短編小説です。
お金が足りないため鮨を食べられずに意気消沈する秤(はかり)屋の小僧・仙吉。それを見ていた貴族院の議員Aは仙吉に同情し、後日、仙吉に鮨をおごることにします。しかし、議員Aは自分の行動を振り返り、寂しく嫌な気持ちになるという物語です。
伊藤はこの議員Aの言動に自分を重ね合わせ、これまでの難民支援の仕事について考え、反省したと明かします。
「初めて高校時代にこの小説を読んだ時は何も感じませんでした。でも、難民支援の仕事を始めてからあらためて読んでみると、まさに雷に打たれたような感覚でした。上から目線でお金もあるし、この子がかわいそうだから奢ってあげようとする。そして自分は良いことをしたと思っている。これは私だと思ったんです」
「難民キャンプへ支援のために行く自分は、団体から給料をもらい、家族もおり、キャンプから帰ればあたたかい家が待っています。自分が良いことをやっているんだ、とおごらないようにする自分との戦いです。どうすれば難民と対等に向き合うことができるのかというのは、私にとって永遠の問いです」
1億2,000万通りのヒューマンストーリー
イベント後半では、UNHCRが発表したばかりの最新の年間統計報告書「グローバル・トレンズ・レポート」の話題に。紛争や迫害によって故郷を追われた難民や国内避難民、庇護希望者の数は、2024年5月時点で1億2,000万人に達しています。
伊藤は、「1億2,000万人という数字が前面に出てしまうと、個々の人間性が見えなくなってしまう。けれどもそこには、1億2,000万通りのヒューマンストーリーがある」と強調しました。
松家さんは、ユニクロが発行している『服のチカラ』という冊子のための取材で、何度も難民キャンプや世界中のユニクロの店舗で働く難民の背景を持つ社員のもとを訪れています。そうした経験をもとに、次のように語りました。
「取材の延長線上で、家まで伺って作ってくれたご飯を食べる。その時にする、どうでもいいような話が僕にとっては一番印象に残っているんです。意義とか、正しいかどうかといったことも常に頭のどこかで意識する必要はあると思いますが、日常レベルでのコミュニケーションをしてみると、お互いにもっと楽になれるような気がします」
シェルバさんも、難民キャンプで、女性たちと一緒に食事をしながらした会話で盛り上がったのは、恋愛の話題だったと振り返ります。
「どういう人が日本ではモテるの?とか、おしゃべりの話題は難民キャンプでも日本でも結構一緒なんです。そこで生活する人々は、今は“難民”と呼ばれる状況にあるかもしれませんが、決してそれが彼女たちの名前ではありません。同じ人間であるということを、何気ない会話で一番実感しました。同じ地球に生きる人間として、同じ目線で語り合うことが大切なのだと思います」
イベントの最後に、伊藤は次のように呼びかけました。
「世界難民の日に向けて、1億2,000万という数字が単なる数字にならないように、皆さんと問題意識を共有できればと思います。難民はかわいそうな人々ではなく、難しい状況を生き抜いてきた力強い素晴らしい人々です。少しでも考えを変えるきっかけを届けたいと考えています」
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