「なにかを分析したり、物事を突き詰めていくのが好きなんです。だから日本でも、この分野について学び続けたいと思いました」
ここは、大阪にある日本分析化学専門学校の実験室。ビーカーや試験管を手に、熱心に授業を受けているのは医療医薬分析学科1年のナクワンさん。シリア出身の留学生です。
ナクワンさんはシリア北部のアレッポ出身。薬学の道を目指して地元の大学に入学してまもなく、2011年3月にシリアで紛争が始まりました。すぐ近くで戦闘が続くなか、授業を受けることすらままならなかった大学生活。なんとか卒業はできたものの、シリアにとどまって職を得ることは難しく、親せきを頼ってトルコへの避難を余儀なくされました。
しかしトルコで就いたのは、大学で学んだ薬学とはまったく関係のない職業。日々を生き抜くことに精一杯でしたが、一般財団法人パスウェイズ・ジャパンの「難民留学生受け入れプログラム」との出会いが運命を変えました。
「昔から日本が好きで、日本の言葉や文化について独学で学んでいました。日本に行けば、将来への道がひらけるような気がしたんです」。そんな強い決意をもとに、2度目の挑戦でプログラムに合格。無事に来日を果たし、入学したのが沖縄県那覇市内の日本語学校でした。
たった一人、初めての日本での生活には不安もありました。でも「沖縄の人たちが本当に優しく、親切にしてくれた」と振り返ります。日本語学校で2年間学び、その後も沖縄で薬局のアルバイトをしながら薬学の勉強を続けました。
そんななか、いつも心の中にあったのは「いつかシリアに帰ることができた時のためにも、薬学についてもっと学びたい」という想い。自分で調べているうちに、大阪に日本で唯一、分析化学の分野の専門学校があり、医薬品の研究もできることを知りました。「ここしかない」。入学願書に未来への希望をたくしました。
「最初にオンラインで話した時の印象は“誠実”。自分の目標をしっかりと持っているのが印象的でした」。そう話すのは、入学時の面接を担当した渡邉快記先生。「シリアで薬学のことは学んだけれど、日本で働いていくためには、もう一度、日本でしっかり教育を受けて資格を取りたいと。そしていつか母国に帰って、その知識を生かして貢献したいと力強く話してくれました」。
さらに入学の後押しとなったのが、一般財団法人JELAとUNHCR駐日事務所が運営する「難民専門学校教育プログラム(Refugee Vocational Education Programme – RVEP)」。社会経済的な理由で、日本の専門学校に通うことが困難な人のための奨学金制度で、アルバイトをしながら生活費を稼いでいたナクワンさんにとって大きな助けになりました。
2022年4月に大阪に引っ越し、日本分析化学専門学校に入学、ナクワンさんの新たな挑戦が始まりました。
「いつも誰よりも元気にあいさつをしてくれるのがナクワンさんなんですよ」。担任の宮道隆先生は、最初は彼が学校になじむことができるか、少し気になっていたといいます。でもそんな心配はすぐに吹き飛びました。講義ではいつも一番前で熱心にノートを取り、実験でもクラスメイトと積極的に言葉を交わし・・・、いつの間にか周りにはたくさんの仲間が集まっていたからです。
「授業で分からないことがあって、ナクワンくんに質問したのが最初です。とても親切に教えてくれて、そこから仲良くなっていきました。今ではお昼を一緒に食べたり、休みの日に遊びに出かけたりもしています」。そう話してくれたクラスメイトもいます。
勉強はもちろん、学校行事にもいつも全力投球。昨年秋に行われたスポーツ大会では、運営委員の一人として企画から携わり、当日もカツラをかぶって仮装するなどして場を盛り上げました。そして、その日一番活躍した人に贈られる「校長賞」を受賞しました。
「この賞は、彼がいろんなことに前向きに取り組んできた成果です」
重里徳太校長は、そう太鼓判を押します。
「専門学校は高卒の学生だけでなく、さまざまなバックグラウンドの人が集まってきます。そもそも多様性の中で学ぶことが前提にありますから、そこに留学生や難民の方がいることにはなんの違和感もありません。
ナクワンくんに関しては、厳しい環境ながらそういう姿を一切見せず、前向きに取り組む姿に他の学生も刺激を受けているように感じます。彼自身も多様なクラスメイトとの交流を通じて、学びを深めてくれることを期待しています」
専門学校での勉強は、専門用語も多く大変だけれど、とにかく学べることが“楽しい”と話すナクワンさん。「シリアの家族も、沖縄でお世話になった人たちも、みんな応援してくれています。自分の夢をきちんとかなえることができるようにがんばりたいです」。
そうはにかみながら話す彼の目に見える強い決心―。
UNHCRは難民の背景を持つ若者たちの学びの機会を確保するために、これからもパートナー団体と連携しながら、現場のニーズに応えるサポートを続けていきます。