岡山駅から東へ、電車に揺られていると、車窓から見えるのは太陽光パネルや緑あふれる自然豊かな風景。この日の目的地は岡山県瀬戸内市。2004年に牛窓町、邑久町、長船町が合併して誕生した同市は、瀬戸内海を広くのぞむ場所に位置し、その美しさから”日本のエーゲ海”とも呼ばれています。
「ようこそ瀬戸内市へ!!」
そう笑顔で出迎えてくれたのは、武久顕也瀬戸内市長。この日行われたのは「難民を支える自治体ネットワーク」の署名式。UNHCRが自治体との連携強化を目指して立ち上げたこのグローバルキャンペーンに、瀬戸内市が日本で5つ目、岡山県初の自治体として参加を表明したのです(関連記事)。
人口およそ3万7,000人の自治体が踏み出した、世界とつながる大きな一歩―。そのきっかけとなったのは、世界中に衝撃を与えたウクライナでの人道危機でした。
2022年2月24日以降、ウクライナの故郷を追われる人々のニュースは、世界各地、そして日本中をかけめぐりました。
自分自身、そして家族の命を守るために、ある日突然、選択の余地もなく避難を余儀なくされた人々―。その衝撃的な映像を前に、世界中の人々が「なにかしなければならない」と立ち上がり、UNHCRにもたくさんの問い合わせが届き始めました。
瀬戸内市の人々も、例外ではありませんでした。ロシアの軍事行動開始からすぐに、武久市長をはじめ市の職員から「市としてできることはないか」という声が上がりました。でもなにから始めたらいいのだろう―。互いに意見を出し合い、すぐに実施可能な支援の形として上がったのが、「市として人道支援に寄附を行う」という案でした。
「小さな一歩かもしれませんが、それが私たちのできることだと思いました」と武久市長は振り返ります。
そこから市役所では、すぐに実現に向けて動き始めました。一番大切にしたかったのは、どこにどのように寄附をすれば、確実に、現場で支援を必要としている人に届くのかということ。職員がリサーチを重ね、行きついた団体の一つがUNHCRでした。
「日本の寄附の窓口である国連UNHCR協会の担当の方と話をし、UNHCRであれば、瀬戸内市民の想いが本当に困っている難民の方々に届くと思いました」と担当者は話します。
市内では「自分では踏み出せない一歩を市のイニシアティブに託したい」といった前向きな声、「税金を使うことが適切なのか」といった意見もありましたが、一つひとつ、関係者への説明を続けました。
そして、UNHCRの難民支援への寄附にかかる予算が市議会での賛成多数で可決されたのは3月7日。ロシアの軍事行動が始まってから10日余りという速さでした。
「瀬戸内市としてできることをやる。まず私たちが自治体として行動を起こすことで、この動きが他の自治体にも広まっていけばと思いました」と武久市長は想いを込めます。
そしてこれは、瀬戸内市にとってあくまで“スタート”。これから難民支援に継続的に関わり、市全体の取り組みとして広げていきたい―。それまでは「難民支援やUNHCRの活動についてあまり知らなかった」という職員がほとんどでしたが、UNHCRとオンラインミーティングや情報交換を重ね、その決意を確かなものにしていきました。
そんな動きは市内にも広がっています。ウクライナから避難を余儀なくされた人々に想いを寄せ、自主的に募金活動を行う学校なども出てきており、「市民レベルでも動きがあるのはうれしい」と担当者は話します。
そして、これからさらに難民支援への歩みを進めるという決意を込めて、「難民を支える自治体ネットワーク」への署名を決めました。5月はじめの署名式で武久市長は「署名はあくまでスタート地点。市民の皆さんはもちろん、市の職員、企業の方々、そして子どもたちに、難民支援の大切さ、一人ひとりができることの大切さを伝えていきたい」と強調しました。
UNHCRとしても、瀬戸内市の行動力に感銘を受けています。UNHCR駐日代表カレン・ファルカスは「岡山県初となる署名自治体である瀬戸内市で、#難民とともに の精神が幅広い世代に広がるよう、瀬戸内市の皆さんのイニシアティブに期待しています」とエールをおくります。
「これまで世界で起こっている問題について知ってはいたものの、ウクライナ危機を通じてさらに関心が高まった」という瀬戸内市役所の皆さん。「平和に慣れてしまっていたのかもしれません」。
しかしこの数カ月、ウクライナや世界の難民問題について学び、UNHCRと活動を共にすることで、今は「一人ひとりに必ずできることがある」という気持ちでいっぱいだといいます。「実は世界にはほかにも難民がこんなにいる、10年、20年も避難生活を送っているということを、言葉だけでなく、いろんな形で支え支援する必要がある、自治体としてすべきことがあると感じました」と前を向きます。
こうしてスタートを切り、動き始めた瀬戸内市の難民支援。6月20日は「世界難民の日」。瀬戸内市では市内3カ所(岡山村田製作所、上寺山餘慶寺、日本一のだがし売場)の協力を得て、UNHCRブルーのライトアップを行い、世界の難民への連帯を呼び掛けます。