JPO(Junior Professional Officer)派遣制度は、国際機関が若手人材を受け入れる制度です。各国政府が費用を負担し、日本では外務省を含む複数の省庁が、国連をはじめとする国際機関に派遣を実施しています。
UNHCRの現場でも多くのJPO経験者・現役の日本人職員が活動しています。その一人、UNHCRバングラデシュ コックスバザール事務所に2018年からJPOとして派遣されている森貴志 准保護官に話を聞きました。
■なぜUNHCRのJPOのポストに応募したのですか?
筑波大学国際総合学類卒業後、NGO のパレスチナ・ガザ地区駐在員として勤務し、国連平和大学(国際法と紛争解決学)で修士号を取得しました。進路に迷いながらも、以前から興味のあったUNHCRを組織の中に入って見てみたいと考え、マレーシアでインターン、セルビアで国連ボランティア(UNV)を経験しました。
その中で、紛争や迫害により故郷を追われた人たちと常に“共にある”UNHCRの魅力を実感しました。今後もUNHCRで勤務したいと思うようになり、UNHCRのJPOのポストへの応募を決めました
■UNHCRの現場での業務について教えてください
UNHCRバングラデシュ コックスバザール事務所で准保護官として勤務しています。「Community Based Protection」という部署で、ロヒンギャ難民との情報共有・コミュニケーション戦略を担当しています。当初は一人で、難民キャンプ内にて難民への生活や支援に関する情報を提供する11のインフォメーション サービスセンター(空港にある情報カウンターのようなもの)の運営を担当していました。
現在ではセンターの数は25に増え、さらに難民の方々の憩いの場所となるよう作られたコミュニティ センター(日本の公民館のようなもの)という28の施設を運営しています。それらの運営を担ってくれている4つのパートナー団体をまとめ、」「Communication with Community」というロヒンギャ難民とのコミュニケーションに関する他団体とのコーディネーション会議にもUNHCRを代表して出席し調整作業を行い、チームには4人の直属の部下も増えました。
UNHCRセルビア事務所に勤務していたころは難民や移民との個別面談や滞在施設の訪問といった業務に従事していましたが、世界最大規模の難民キャンプのあるコックスバザールでは迅速で正確な情報提供も重要な難民の保護であることを学びました。今後も引き続きこの分野でさらに多くのロヒンギャの人たちの役に立てるよう精進していきたいと思っています。
■なぜ 故郷を追われた人たちは支援が必要なのでしょうか?
一方的かつ理不尽な迫害や暴力には強い憤りを感じますが、それが世界各地で起こっているのが現実です。そのような現実に直面する、一般市民の方々の助けになれればと思っています。誰かの役に立ちたいと思うことは自然なことだと思いますが、その対象が、私の場合はこれまでの経験から故郷を追われた人たちでした。自己満足の域を出ることはありませんが、そのように故郷を追われた人たちの助けに少しでもなれるよう、今後も日々努力を続けていく所存ですし、もし日本からも難民支援の輪に加わってくださる方がいれば、非常に心強く感じます。
またUNHCRでの緊急支援や人道支援の経験が日本で役に立つことがあればという思いもあり、これまで東日本大震災や熊本大地震の際には復興支援に携わりました。今後も、周りまわって母国である日本にも還元できることを模索していくつもりです。
■ JPOを目指している人へのメッセージ
やはり経験の少ない私のような“若輩者”が国連で仕事を始めたいと思っても、実際は難しいところがありました。しかし、JPOにおける競争相手は全員日本人であり、同じランクの国連の空席公募と比べれば倍率もとても低いので、まず一歩目を踏み出すには最適な選択であったと感じています。
また、一度勤務を始めると若輩者とは言っていられず、日を追うごとに責任も業務も増えていきます。JPOとしての業務を通じて、今後もUNHCRにおいて勤務を継続し、故郷を追われた人たちの手を取り続けるためのスキルや経験を得ることができていると確信できます。
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